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広島高等裁判所松江支部 昭和39年(ラ)9号 決定

抗告人 大東美方

相手方 中田はるよ

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告申立人は「原決定を取消す。鳥取地方裁判所米子支部昭和三一年三月五日付同年(ケ)第一二号不動産競売開始決定を取消す。申立費用は第一、二審とも相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由とするところは別紙のとおりである。

右に対する当裁判所の判断は次のとおりである。

抗告理由第一点について

証人勝田哲司の証言(証言等すべて原審におけるものであるからその旨特記しない。)抗告本人尋問の結果を総合すると、本件貸付に当り抗告人は現実には一二万九〇〇〇円しか手にしなかつたことを認めることができ(もつともこのうちから更に世話人に謝礼を出している。)、右認定に反する証拠はない。然し、証人山本正吉の証言により成立を認め得る乙第四号証、証人山本正吉、同勝田哲司、同中田亀松の証言を総合すると、貸付金一五万円より、貸付日たる昭和三〇年九月二〇日より同年一一月二〇日までの一ケ月六分の割合による利息一万八〇〇円及び本件貸付の交渉がなされた際の当事者、世話人の飲食代支払分三〇〇〇円が差引かれたものであることが認められる。抗告本人尋問の結果中には、二万一〇〇〇円は貸付日たる昭和三〇年九月二〇日より弁済期たる同年一一月三〇日まで二ケ月一〇日分の利息であるとの趣旨がみえるけれども、もしそうであるなら、天引された二万一〇〇〇円は全部利息である筈なのに、抗告人は原審における主張において、二万一〇〇〇円中には利息の外手数料名義で差引かれたものもあることを自認しており(即ち、利息のみでは二ケ月一〇日分に足りない)、両者矛盾するところであつて、右本人尋問の結果はそのまま措信するわけにはゆかない。もつとも、右飲食代は相手方が本来負担すべきものであり、それを手数料名義でとつたものであるなら、利息とみなし得る余地があるけれども、右証人山本正吉、同勝田哲司、同中田亀松の証言を総合すると、本件貸金は抗告人において平身低頭して借受けたものであつて、抗告人が自己の負担において相手方及び世話人をもてなしたものであり、貸金授受の際、右支払分を世話人において差引預つたものと認めることができる。

以上の次第でこの点についての原決定の判断は正当である(但し、一五万円から天引利息一万八〇〇〇円を差引いた一三万二〇〇〇円に対する、昭和三〇年九月二〇日から同年一一月二〇日まで六二日間の利息制限法所定限度内の利息は四〇三五円九四銭であるから、原決定は僅少の金額であるが、残存元本につき誤つて抗告人に有利に認定している)。論旨は理由がない。

抗告理由第二点について

利息制限法第一条第二項の「任意に支払つたとき」とは、強制執行等により強制的に弁済に充てられたものでないことをいうのであつて、強硬な督促により支払つたからといつて任意に支払つたものでないとはいえない。論旨は理由がない。

抗告理由第三点について

相手方において所論指摘の準消費貸借に基き、裁判上の請求をなすことは不可能であるけれども、抗告人において既に任意に支払つているのであるから、利息制限法超過部分が元本もしくは他の損害金に充当さるべきであるとの主張はできない。論旨は理由がない。

抗告理由第四点について

元本が一〇万円以上として貸借されたものが、後に一部支払いがあり元本が一〇万円未満となることにより、その時から利息制限法により制限される利率及び賠償額予定の割合が変更されるということはない。原決定のこの点についての判断には誤りがある。

抗告理由第五点について

原決定には前項で述べた如く一部判断に誤りがあるけれども、然し要するに、本件貸金はすくなくとも原決定が認定する八万二五三八円の元本残高と、これに対する昭和三二年五月九日以降年三割六分の割合による金員から弁済供託にかかる二万七七一六円を控除した遅延損害金がなお存することになる。

当裁判所は、競売開始決定に表示された被担保債権が一部存在しないことを理由に、右決定に対する異議申立をなすことは許されないと解す。けだし、被担保債権が存する以上競売開始決定はなさるべく、又右決定により被担保債権額が終局的に確定するものではないから、異議申立の利益がないからである。

よつて抗告人の主張はすべて理由がないことに帰し、本件抗告は棄却さるべきである(なお、本件記録によると、本件競売開始決定異議事件については、原審において任意的口頭弁論が開始されたこと、原決定は昭和三九年三月四日第二〇回(言渡)期日において、当事者双方不出頭のまま言渡され、更に同月九日抗告人の原審代理人にその正本が送達されたこと、本件抗告申立書は同月一六日原裁判所に提出されたことが明らかである。而して言渡しにより決定が告知されたときの抗告期間は、言渡しより一週間内であると解すべきであるから、右言渡しが適法である限り、本件抗告申立は既に抗告期間を徒過してなされた不適法のものであるということができる。そこで更に本件記録について調査するに、原審は昭和三八年一一月二〇日の第一八回(口頭弁論)期日に弁論を終結し、言渡期日を同年一二月一三日と指定したが、右一二月一三日の第一九回(言渡)期日においては前記昭和三九年三月四日に言渡しを延期する旨決定して言渡したこと、もつとも第一九回(言渡)期日には当事者双方不出頭であつたこと、それにもかかわらず第二〇回(言渡)期日の呼出状は当事者双方に送達されなかつたことが明らかである。なるほど判決手続について、期日において判決言渡期日の指定が言渡されたときには、不出頭の当事者に対しても効力があるとの見解がある。右見解が正当であるとしても、決定手続(決定を以て完結すべき事件)において、任意的口頭弁論が開始され、裁判が期日において言渡される場合にはあてはまらないというべきである。けだし、言渡期日には何等なすべき当事者の行為のないことは彼此同一であるけれども、判決手続においては判決の送達があつた日より上訴期間が進行を開始するのに対し、決定手続においては言渡しにより即時抗告期間が進行を開始するのであるから、言渡期日の重大性は彼此同一に断ずることができず、民事訴訟法第一五四条(第二〇七条)の原則どおりに、期日に不出頭の当事者に対しては、あらためて言渡期日の呼出状を送達することを要するものとしなければ、よく手続の公正を期し得ないからである。そうすると、不出頭の当事者に対し呼出状の送達のない右第二〇回(言渡)期日における原決定の言渡しは違法であつて告知の効力がなく、前記の如く抗告人の原審代理人に原決定が送達されたことにより始めて告知の効力を生じたものということができる。以上の次第で本件抗告は抗告期間になされた適法のものということができる。)。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 高橋英明 竹村寿 干場義秋)

別紙 抗告申立の理由

一、原審は本件金一五万円の貸借に対する天引金は金一万八、〇〇〇円であつたと認定されたが、貸借の日より弁済期までは二ケ月と一〇日間あり、被抗告人は無免許の高利金融業者にして、右天引金は二ケ月と1/3ケ月分即二万一、〇〇〇円であつたこと抗告人主張の通りである。

二、抗告人の原審主張弁済金は何れも本件競売申立並に競売開始決定以後において所有不動産の競売処分を免れるため被抗告人の強硬な要求により止むなく弁済したものであり、任意弁済ではなく利息制限法所定の利率(年三分六厘)の割合を超過する部分は元本に充当さるべく、原審の充当計算は失当であると考える。

三、原審認定の約定損害金七万二、〇〇〇円を準消費貸借とした金員は現実の任意弁済ではないので利息制限法超過部分については準消費貸借自体が成立せず、右金七万二、〇〇〇円に対して仮に任意弁済したとしても不存在の債務に対する弁済に外ならず、原審認定の利息期間外の元利損害金に充当さるべきである。

四、原審は「昭和三二年五月九日より翌三三年一〇月三〇日までの前記残元本額(金八万二、五三八円)に対する利息制限法限度内の割合(年四割)による遅延利息金四万八、五七〇円に充当さるべきもの」と認定されたが、仮に当時の残元本額が右金額(金一〇万円未満)であるとしても本件消費貸借元本金一五万円の未払残額であるから利息制限法の許容する賠償予定限度は年三分六厘の割合と解すべく原審の充当方法は失当であると思う。

五、原審は本件貸借の元本残額は前記の通りであると認定しながら貸付元本金一五万円並に当初よりの利息損害金を請求金額とする本件競売手続開始決定は未払残元本額金八万余円であつても依然正当なりとし抗告人の異議申立を全面的に棄却された。

しかし民訴法第六四四条、第六七五条の精神並に解釈上競売手続は貸借元本全額並に競売開始決定当時の遅延利息につき続行さるべきでなく、未払残金の限度においてのみ続行さるべきであり、抗告人の異議申立を一部分許容して競売開始決定は該請求金額の限度に変更、減縮さるべきもので原審決定はこの点においても失当であると考えられる。

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